大判例

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福岡高等裁判所 昭和33年(ネ)705号 判決 1960年3月31日

控訴人 森野吉雄

被控訴人 森野吉人

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求及び附帯控訴請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。附帯控訴請求として原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し金十二万九千五百円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において「原判決は時効中断の点につき法令の解釈通用を誤つている。即ち原審は被控訴人は本事件発生(昭和二十九年三月二十四日)以後昭和三十年十月頃までの間数回に亘り控訴人に対し損害賠償として金二十五万円乃至三十万円の請求をなして時効中断の効力を生じ、昭和三十二年十月十一日民事調停申立によつて更に時効中断の効力を生じていると判断しているが、右被控訴人の請求は裁判外の催告に止まり、六ケ月以内に裁判上の請求がなされていないので、時効中断の効力を生じないことは明かであり、更に右民事調停は昭和三十二年十一月十三日不成立となり、その後二週間内に訴の提起がなされていないので、右調停申立の時に時効の中断があつたとは見られない。(民事調停法第十九条参照)而して被控訴人の本訴提起は昭和三十三年一月十八日であり、本件不法行為による損害賠償請求権が三年間の時効により消滅していることは明らかである。なお控訴人において被控訴人主張のような債務の承認をなした事実は否認する。」と述べ、

被控訴代理人において「被控訴人は訴外森野政雄を通じて事件発生後昭和三十年十月頃迄の間数回に亘り金二千万円乃至三十万円の損害賠償の催告をしたが、控訴人はその都度二、三千程度は支払うがそんなにたくさんは支払えないと云い、又昭和三十二年十月十一日被控訴人の申立てた民事調停手続においても、損害賠償債務の存在は認めながらその額につき争があつて不成立に終つた。即ち前記催告及び調停手続において控訴人は既に本件傷害により罰金三千円に処せられていて損害賠償債務発生の原因はよく認識しており、ただその賠償額の範囲について争があつたから、本件においては控訴人において時効を中断するに足る債務の承認があつたというべきである。」と述べ、証拠として、被控訴代理人は甲第二十八乃至第三十三号証を提出し、当審証人山田政信、富高重正、八田千之、野原経守、米村政雄、森野政雄の各証言及び被控訴本人の供述を援用し、控訴代理人は当審証人森野武雄、赤星タマ、古閑平寿、島本又男の各証言及び控訴本人の供述を援用し、甲号各証の成立を認めた外は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一、各成立に争ない甲第四号証、第六号証、第八乃至第十号証、第十三乃至第十五号証、原審における証人森野武雄の証言に控訴人及び被控訴人各本人の供述を綜合すると、控訴人と被控訴人は実の兄弟であるが、(控訴人は三男、被控訴人は四男他に長兄訴外森野政雄と次兄訴外森野武雄がある。)

被控訴人は熊本市出水町長溝字前牟田一、五一七番地畑二畝十八歩位を所有し、同地上に家屋を新築していたところ、右敷地と隣接する控訴人所有土地との境界についてかねて被控訴人との間に紛争を生じ不和となつていたところ、たまたま被控訴人が昭和二十九年三月二十四日右所有土地の境界線附近に板塀を設置すべく工事中、次兄の武雄がこれを発見して控訴人に告げ、両名で弟の被控訴人に対しその不当を難詰し、口論の末武雄が被控訴人を殴打したため、激昂した被控訴人が所携の鋸を振上げて武雄に斬付けようとし、武雄は被控訴人に飛びかかつて鋸をもぎ取ろうとして格闘を始めたところ、控訴人は附近に有合はせた一寸五分角、長さ三尺位の木切で被控訴人の腰部、背部等を数回殴打する等の暴行を加え、因つて被控訴人に対し治療十日間位を要する右前膊部擦過症、躯幹打撲傷の傷害を蒙らせ、同年九月熊本簡易裁判所において略式命令により罰金三千円に処せられたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、控訴人は、被控訴人の本件不法行為による損害賠償請求権は、被控訴人が前記昭和二十九年三月二十四日事件発生以来昭和三十二年十月十一日民事調停の申立をなすまで一回の請求もなさなかつたから、事件発生後三年の経過により時効により消滅していると主張し被控訴人は控訴人に対する請求による時効の中断を主張しているので、この点について判断する。

前掲各証拠、成立に争ない乙第一号証、原審並に当審証人森野政雄の証言を綜合すると、(イ)昭和二十九年三月二十四日本事件発生後被控訴人は長兄の訴外森野政雄に依頼して同年九月頃から翌昭和三十年十月十七日頃迄の間に控訴人に対し数回に亘り医療費等につき裁判外の催告をなしたが、被控訴人の請求は金二十五万円乃至三十万円という過大なものであり、控訴人が政雄に対し「お前は吉人(被控訴人)にひいきするか」と云つて難詰したので同訴外人はその交渉を打切つてしまつたこと。(ロ)その後、民事調停申立に至るまで、被控訴人から控訴人に対し本件損害賠償請求につき何等の交渉も行はれていないこと。(当審における被控訴本人の供述によれば被控訴人は当初訴外赤星タマ、古閑平寿等を介して控訴人に対し慰藉料の交渉を頼んだ旨供述しているが、当審証人赤星タマ、古閑平寿の証言によれば、同人等において控訴人に対し慰藉料の請求をした形跡は全然認められないので、被控訴人の右供述は措信しない。)(ハ)被控訴人は昭和三十二年九月十八日控訴人を相手方として熊本簡易裁判所に対し損害賠償請求の民事調停の申立をなしたが同年十一月十三日右調停は不成立になり次いで昭和三十三年一月十八日本訴が提起されたことが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、本件においては事件発生の日である昭和二十九年三月二十四日に被害者である被控訴人が損害及び加害者を知つたことは明かであるところ、被控訴人が訴外森野政雄を通じて昭和三十年十月十七日頃までに控訴人に対してなした催告はその後六ケ月以内に裁判上の請求等がなされていないので時効中断の効力を生じないものであり、なお前記民事調停申立も昭和三十二年十一月十三日調停不成立後二週間以内に本訴提起がなされていないので時効中断を生ずるに由なく、結局事件発生以後昭和三十三年一月十八日の本訴提起に至るまで被控訴人において何等時効中断の方法を講じなかつたものと解せざるを得ないので本件については昭和二十九年三月二十四日より三年間の経過により消滅時効は既に完成しているものである。

三、次に控訴人の債務承認による時効の中断があつたとの被控訴人の主張について考察する。

(イ)当審における被控訴本人の供述及び弁論の全趣旨によると、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償の請求金額は、被控訴人が当初知人に仲裁を依頼したときは一万円で依頼し、後に自家の鶏を殺されてから二十五万円になり、民事調停の際には最後に一万円位に減額するというように変化し、更に本件第一審では十五万円を請求するというようにその都度変転しているのであつて、その主たる原因は本件傷害直後の治療費金八百五十円(成立に争ない甲第十六号証、昭和二十九年三月二十四日より同月三十日に至る間の八田外科病院の治療代領収証)の外、その後の被控訴人の病状変化による治療費、被控訴人の休業による得べかりし利益の喪失、及び慰藉料を如何に評価するかにかかつているものと見られるのである。(ロ)ところで前記二に認定の事実及び前掲各証拠によると、控訴人は当初から被控訴人の前記受傷直後の治療費を負担するは格別として、その後の被控訴人の病状の変化は控訴人の与えた前記傷害とは因果関係なく、従つてその他の負担はしないという立場を堅持しているようであり、前記昭和三十年十月頃被控訴人の依頼を受けた訴外森野政雄において本件損害賠償として金二十五万円乃至三十万円を請求したに対し控訴人が被控訴人の治療費は千円か二千円位しかかゝつていないとして被控訴人の要求を拒絶したとすれば、これを以て控訴人が本件債務を承認したといえないことは勿論であり又前記昭和三十二年十一月の民事調停に際し、当初被控訴人の要求額は二十五万円であつたが最後には一万円に減額し、又一方控訴人も調停委員の勧告によつて五千円を支払うことを承諾したが、それ以上金額についての歩み寄りができなかつたために右調停は不成立に終つたことを認めることができ、本来権利関係の確定を目的とするものでなく、当事者の互譲による円満解決を図ることを目的とする調停手続において、控訴人が調停委員の勧告により一旦は事件の円満解決を期するため被控訴人に対し示談金として金五千円を支払うことを承諾したとしても、一方被控訴人は当初の金二十五万円の請求を金一万円に減額しているので、かような場合に本訴請求中如何なる部分について債務の承認があつたかは不明であり、なお右の調停案も調停不成立により結局効力を失つたものであるからこれを以て債務の承認があつたものと解する余地はない。

よつて被控訴人の控訴人に対する本件不法行為による損害賠償請求権は、既に時効により消滅しているものと認められるので、被控訴人の本訴及び附帯控訴請求はその余の点に関する判断を俟つまでもなく失当であるから原判決中これと趣旨を異にする部分を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 丹生義孝 岩崎光次)

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